役職定年後の仕事にやり甲斐を見出せるかどうか?

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管理職の間は多忙でありそれがやり甲斐と勘違いしてしまいがちです。ある日役職定年を迎えるとその多忙さは一気に消え失せてやり甲斐消失症候群に陥りがちです。

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管理職のやり甲斐は本物か?

世の中の管理職という人は仕事を干された人を別にすれば、大抵は忙しいに決まっています。

ピーク時40名を超える部下を抱えていた経験からいうと、その忙しさが自分の気持ちの中でやり甲斐にすり替わってしまい、その似非やり甲斐が自分は頼られているという似非自己評価・自己満足につながる場合があります。

本当にそうなのでしょうか?

  • なぜこんなに忙しいのか?
  • 自分は本当に部下から頼りにされているのだろうか?
  • 今のポジションでないとしたらメンバーは自分を頼ってくれるだろうか?
  • 会社は本当に自分を頼りにしているのだろうか?
  • 単によく働くから便利に使われているだけではないのか?
  • 毎日息をつく暇のない状態をごまかすためにやり甲斐にすり替えていないか?
  • 自分のやり甲斐は本当はどこにあるのだろうか?
これから年末年始で少し時間のとれるときに1人になって、本当のやり甲斐とはなんなのかを冷静に振り返ってみることを勧めます。

筆者自身も今思うと、ピーク時の忙しさの何割かは自分の気持ちの中でやり甲斐にすり替えていたように思います。

それは心理的な自己防衛反応だとも言えますので程度の差はあれども誰にもありうることです。

役職定年になってからのやり甲斐

筆者の場合、役職定年になり部下を持たなくなり、しかし会社の制度上は役職者待遇ということで、時間管理なし(=深夜残業以外の残業・休出手当なし)状態でした。

実はこの状態のとき一番仕事が楽しくできたと思います。

上位方針を受けて自分の部署の計画をたて、それにしたがってメンバーの仕事の目標に落とし、半期語にはレビューや部下の評価がある。これだけでゲップが出そうなくらいでしたが、それが一気になくなりました。

しかし役職者待遇なので、他部門に対しても種々の交渉などもそれなりの責任と発言の重さを持って望むことができましたので、結構思う仕事が出来て(結果がうまく言ったかどうかはまた別問題)非常に楽しくてやり甲斐がありました。

もちろん忙しいのですが、それをやり甲斐にすり替える必要は皆無でした。

なんといっても忙しいけど仕事が楽しいのです。

会社により制度が違うのですけれども、管理職を降りた(役職定年になった)時からのやり甲斐が本物のやり甲斐です。ここでやり甲斐を感じれらないとしたら、そこから先のその会社での余生は絶望的です。

皆さんはいかがでしょうか?

管理職を降りて半年たっても喪失感が残りやり甲斐を持てないようなら、定年再雇用という道は無理です。他の道を早めに考えるべし。

管理職を降りて喪失感に悩まされるか、余計な仕事が減って自分のやりた仕事がガンガンできるようになり楽しいと感じるか?

再雇用でのやり甲斐

さて、ここからが本題でして、難しいのが再雇用でのやり甲斐です。

基本的に再雇用社員には非常に重要な業務は任せません。

そりゃそうですね、社員外従業員ですから、会社のシステムや再雇用契約にもよりますが、アクセスできる情報にも制約が出たりしますし、残業も原則としてはなし(残業手当を出さないのではなく残業しないで済む仕事という意味)となるところが多いようです。

管理職であった頃の立場で言うなら、再雇用社員に「余人を持って代えがたい」人はなかなかいないものです

例外があるとすれば技術の伝承です。職人やそれに近い技術者の世界では後進に技術伝承するために定年を特別延長してでも続けてもらうという場合がありますが、ほとんどのビジネスパーソン、特に大企業のビジネスパーソンには無縁です。

大企業の社員で定年間近な人で余人を持って代えがたいという人はまずいません。その人はいなくなってもその瞬間は困ったとしても、一月もすればなんとかまわるようになるものです。

ビジネスパーソンの再雇用業務は、庶務仕事であったり雑用だったりすることも多々ありますし、むしろそれが主業務なことも多々あるわけですが、貴方はそれにやり甲斐を見いだせますか?

貴方が管理職だった時代、部下の社員や再雇用社員に「一を伝えれば十を理解してかっちり仕事をしてくれる人」と「いろいろ説明して都度指示しないとなかなか仕事が進まない人」が居たのではないでしょうか?

貴方が再雇用社員になったとき、果たしてどちらでしょうか?

単に重宝がられるだけではなく、その業務の背景や経緯をそれなりに理解して、手順がわからなければまず自分で調べる。聞くにしても誰に聞けば適切なのかをちゃんと心得ている。

管理職としてたとえ庶務業務でもこのように仕事を進められる人であれば、それはある意味では余人をもって代えがたい存在になっているといえなくもありません。

仕事のやり甲斐は自分の満足や自分のやった感ではなく、他人から頼りにされて評価されること。

これがやり甲斐の基本です。

たとえ再雇用の庶務仕事でもやり方と自分の仕事への思い・周囲への配慮ではその仕事において他人から頼りにされる(重宝がられるとは違います)のは間違いありません。

こういうふうに考えられる人は、それがたとえ再雇用の庶務業務であっても生き生きとやり甲斐をもって仕事に取り組めます。

前にも書きましたが、定年まで部長職で采配を振るい、定年再雇用でいきなり庶務業務という人は相当きついですので、もともと自分であれこれやってしまえる人でないと多分務まりません。

昨日までは「部長!」といって頼りにされたのが、今日からは部門の新入社員より地位が低い再雇用社員、社員外従業員なのです。

ここに喪失感が生まれないほうが不思議でもあります。

それを割り切れるかどうか!今までの部下に敬意を持って接することができるかどうか?

まとめ

管理職時代のやり甲斐を忙しさであると無意識のうちに感じてしまっている事が多い。

本当のやり甲斐とは自分の満足や自分のやった感ではなく、他人から頼りにされて評価されることから得られる。達成感とやり甲斐は別物である。

定年再雇用に向いているかどうかは、社員時代の立場を忘れて社員たちの仕事を支える裏方に徹することができるかどうかにかかっている。

現役社員のうちに、自分の仕事のやり甲斐とは何かを今一度振り返るべし。

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